魂の道を歩くということ

インドから帰国した1月末。そして2月は息子の受験を見守る日々だった。平常心でいようとしても、やはり親として気にかかるものがある。そんな時間を過ごしながら、私はひとつの区切りを迎えようとしている。

息子はこれから自分の進路を見つけ、自分の人生を歩き始める。その変化を受け入れることも親としての大切な役目だと思う。そして同時に、私自身の道も続いていく。八千枚護摩の準備が始まり、また新しい段階へと進んでいく。

今回のインド公演は私にとって大きな挑戦だった。不安を抱えながら準備を重ね、結果として思った以上の成果を得ることができた。インドの人々の温かさ、祈りの深さ、精神性の豊かさ。そのすべてが私を支え、道を広げてくれた。

私はインドが大好きだ。あの土地で出会った縁は、これからも私の中で生き続ける。ただ、その思った以上の成果が一時的に私の立ち位置を揺らしたのだと思う。どこに立っているのか、どこへ向かっているのか、一瞬迷ってしまった。けれど気づいた。これまで出会ってきた縁――高野山での10年、東寺での修行、インドとのつながり。それらはすべて、私が自分の道を勇気を持って歩いてきたからこそ生まれたものだった。

だから、これからも同じように歩けばいい。大きく逸れなければ、道は自然とあるように続いていく。

人はひとりでは生きられない。縁に支えられ、誰かに助けられながら生きている。でも、何かに頼りすぎると自分の中心が揺らぎ、バランスを崩してしまう。大切なのは、自分の魂が決めてきた道を自分の判断で歩くこと。その軸さえ忘れなければ、どれだけ縁が広がっても、どれだけ役割が増えても揺らぐことはない。息子は息子の魂の道を歩き始める。私は私の魂の道を歩き続ける。それぞれが自分の道を進むこと。それが人生なのだと、あらためて感じている。

そして、インドへの深い感謝とともに、私はまた次の一歩を踏み出していく。

私は変わっていないけど、確実に変化した。