立里荒神社 朔日まいり

ちょうどよいときに導かれる

新年度1日は、奈良県野迫川村にある立里荒神社におまいりに行きました。

修行僧時代は、月まいりをしていた場所で、高野山から30分くらい車を走らせた場所にあります。

わたしが企画するリトリートでも訪れることの多い場所。

じつは3月の初旬に「立里荒神さんへ久しぶりに」と嶽弁天さんを遥拝していたときに

言われていたんです。

それでも法務などがあってなかなかおまいりに行けなかったのですが、1日の朝に決めておまいりすることに。

立里さんは長い階段があります。階段をのぼって、お社にごあいさつした後、お社下のベンチに座って弁天法を修しました。

立里荒神さまの仏教における同体とされる尊格は阿弥陀如来です。

位の高い神様はだいたい如来存在なんですが、阿弥陀如来さまの御前で弁天法を修するのはたいへん理に適っているのです。

これは専門的なところだからここでは詳しく書きませんが、そうなんだ、ということだけ理解いただけたらと思います。

朔日ということで、ちらほらと人が来られていたので、それほど深い拝みに入ることはできませんでしたので、帰宅して夕勤として1座しっかりと拝みました。

この弁天法はかなり深くて面白いです。

真言僧であってよかったなあと思える法です。行じているときは、どこか戦国時代に帰ってしまうような感じもして、こわいような感じもします。

沖縄で

弁天法をならったのは、3月17~20日沖縄・南城市のとある庵にて。

それから帰ってきて、24~25、27、30~31とけっこう頻繁に修しています。

まあ毎日やるのがよいのでしょうが、とりあえず100日結願という目標をたてました。

わたしはとてもいま、ふわりとしあわせなのですが、現世的な寺院経営の課題などいろいろあって、

それらはきっと100日結願により、解決に導かれていくと思っています。