祖師・弘法大師との会話
高野山
インド修行(1月21日から30日)の間にも必要なときにはお出ましくださった祖師。
令和8年はじめてとなる東寺修行で、いろいろとお話できました。
これは、意識が中央に入ったときに、可能となります。
とはいえ、だれもがわかる形で説明することはできませんので、宗教的なことになりますし私の個人の体験ということでお読みいただければけっこうです。
東寺
私 お大師さま、インドでもありがとうございます。東寺ではたくさんの方が話しかけてくださり、わたしといっしょに祈るため来てくださる方もあります。とても嬉しいです。
祖師(空海) そう。そのために東寺での修行を与えたのだよ。お前はむちゅうで、自分をおいてまで人のために動くところがある。それはわたしと似ている。
私 八千枚護摩が近づいていますが、お守りください。
祖師 息子の大学受験の伴走もたいへんだったがもう少しだな。
私 はい。ありがとうございます。
祖師 それが終わった後から準備が本格化する。
私 そうですね。間に合いますね。お見守りください。それから、これから私はインドにも仕事ができるでしょうか。
祖師 それは仏陀が決めることだ。(なんだかお大師さま少し顔を伏せられて)
お前は私に似ている。私は62歳で入定した。そのとしまでおまえは後8年。8年で何ができるか考えなさい。
インド ボーパール
インドのブッダブーミ寺院で1月29日、その夜に帰国する日の早朝、一人で本堂で拝んでいましたら、(住職はデリーに出張でした)私は一人でしたがたくさんの人々がみえました。
水をほしがる人、なにかを懇願する人、じっと拝んでいる人などなど。
そしてお釈迦さまは私に「なにも心配いらない」とおっしゃいました。
しばらくして、わたしの前に仏塔のようなものがあらわれてきました。
さらに、拝んでいますと、私が日本で拝んでいるさまざまな場所があらわれてきました。
そこに祖師・空海が来られました。私のほうに視線をくださってから
わたしの前におすわりになり、ブッダに合掌されました。
祖師は私といっしょにブッダを拝まれました。
そんな伏線があったからでしょうか。2月21日の東寺でのお大師さまとお話できたことは、
たいへん意味深いことでした。
東寺でそんなお声がきこえてから、まもなく私たちが修行をしている場所に私の伝法灌頂の伝授阿闍梨さまが歩いてこられて、「インドはどうだった」とお聞きになり。私が「たいへんすばらしかったです」というといろいろなエピソードを聞いてくださったあと「充実してたんだね」と。
この一連のできごとは、私にとってはたいへん示唆にとむ出来事です。
過渡期に私は立っているようで、息子の進路決定と5月に予定されている八千枚護摩へ集中することが一番ですが、祖師に示していただいた8年間を考えよという言葉は大切に思います。
感謝合掌 高野山の自室にて記す