廣峯神社(兵庫県姫路市)から但馬へ

わたしは3歳~18歳まで兵庫県姫路市で育ちました。

いまは世界遺産となった姫路城のよく見える場所です。

幼稚園・小学校・中学校・高等学校と姫路市内でした。

播磨は、歴史的な寺社仏閣がたくさんあるところです。

水尾神社は、育った家から歩いて5分のところにあり、お願いすることがあればよく行っていました。夏休みはラジオ体操で集まる場所でしたし、節分には鬼追いなどの行事がいつころまでかは忘れましたけれどありました。

もうひとつ、わたしたちがよく行っていたところに廣峯神社があります。

小学校時代は進級する前のクラスでの遠足とか、中学校時代は部活で練習に行っこともあります。

夏には暑いですが、廣峯の上に石から湧き出ている湧き水があって、そこでごくごくと水を飲む、そんな思い出があります。

ここも神仏分離で痛手をうけた場所のひとつです。

ほかに、書写山も思い出があるのですが、いまはおいておきましょう。

さて現在取り組んでいる案件があります。

その案件に取り組む前に、「廣峯神社に行って手を合わせたほうがいい」という人がいて、

わたしも故郷にしばらく帰っていないので、廣峯に行ってから、さらに北方の地へと進むことにいたします。但馬地方は私の先祖のゆかりの土地です。ここ2年ほどで気づいたのですが、かなり深い因縁を残しておられます。

地の神、巳の神、廣峯神社は蛇の守護神であり、さらに雨乞いの神様としても尊崇されてきました。

どうも、依頼主さまの範疇だけでなく、かなり広い範囲で助けを求めている御霊がいらっしゃるようなのです。もう四分の一ほどは遠隔のいのりで上がってらしたような感じもしますが、年末の大きな一仕事になりそうです。もしかしたら来年の慰霊祭につながるなにかかも…?

離れがたき因縁は、土地神さまにお願いするのが一番です。