世界平和のための八千枚護摩
令和4年に伝授を受けて、条件さえそろえば自分自身でも執行できるようになっています
「焼八千枚護摩供」。令和8年5月の結願に向けて、すでに動き出しています。
課題は大きくふたつありました。
1 膨大な本数の護摩木をどうやって調達するか
2 当日のサポートにはお坊さんの資格をもった方が8人は必要になるが可能か
護摩堂はありますし、技術的なものは、わたしは護摩師として5年間行ってきていますので
なんとか大丈夫だろうと思えるのですが、なにせ、外的要因に不安がありました。
伝授をしていただいたお坊さまはこれまで14回も修されています。令和7年4月5日に
わたしはその方の八千枚結願におまいりしたのです。
そのときに、お坊様の奥様から「八千枚護摩、なさるんですか。必要なものはきっと集まってきますよ」とおっしゃっていただき驚きました。
自分自身、「やるぞ!」というところまでは来ていなかったからです。
私には個人活動として毎年の海外活動を世界平和のために行うという気持ちがあります。
そして、檀家寺ではない祈祷寺なので、自分自身の健康を保ち、法務を続けていかなければならないという事情もあります。
八千枚を行じるとなると、最低でも1週間は、ほかの法務はいっさい入れずに執り行うことが必要となります。
紀州高野山横笛の会のしごともあります。
そんなこんなで八千枚護摩へのチャレンジは伸ばし伸ばしになっているわけです。
それが、短い間に、「護摩木をつくってみたい。できたら奉納してもよいか」というありがたいお申し出がありました。
若い僧侶から「助法をしてもよい」というお申し出がありました。よければ僧侶をあつめる手伝いもしてくださるとのことです。
わたしの尊敬する灌頂時の伝授阿闍梨さまからは、「だれがなんといっても第一に拝みつづける姿勢を見せることが大切」とアドバイスをうけたのが5月1日です。
令和7年は息子の大学受験への日々が始まっていて、こちらも多少は母として協力したいと思っているところです。
ことしの海外活動は諦めるか・・現在とりくんでいる弁才天女尊への拝みこみを中心に、来年度の焼八千枚への準備を入念に行うことにするか、そんなことをつらつらと考える今日このごろです。
いっぽう、スリランカ、インド、タイなどから魅力的な活動へのオファーが入ってきているのです。
なにかひとつはやれるかな、やりたいな・・・
断ってしまうと次のオファーに差し障らないかな・・・
できるだけやってみたいな。
こうやってなにを選ぶか考えていくことができるのも、幸せなことだと思います。
わたしはいまは一番、この仕事において充実して取り組んでいくことができるときなんだなという思いを深くしながら襟を正しているところです。
一日でも、日常を離れ、ふるさとに帰ってことしの方針を考える時間をもとうかなと思います。
感謝合掌

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