この10年は

密教僧となってからと言うもの。修行時代も含めてですが、神秘体験が数々あり一体これは何なんだろう何なんだろうとそんなふうに思いながら続けていくうちに10年経ってしまいました。

自分自身、振り返って本当に不思議なんですが、最初の3年間は、高野町で産業や観光の仕事をしていましたが、その後の7年間は拝むことだけで生きてこられた。

途中、コロナ禍も挟んでまだ中学生になったばかりの息子を1人抱えてどうしようかと思った時期もありましたが、とにかくご神仏の介在を信じてというか信じざるを得ないことが、私には日々起こってきていたので、それに追随する形で必死で拝んでいたのでした。

だから、よく勘違いされるのですが、何か人生で大きなことがあったから、お坊さんになったのですか?女のみそらで、、、みたいな感じで見る人もまだいるんですけれども、私の場合はそうじゃないのです。

だって私は23年間社会で仕事をしていたわけですから。もちろん55年間の人生の中には生まれたときのことも合わせてたくさんの出来事があったことは事実で、それは波瀾万丈と言えるとは思います。でも私は基本的にポジティブな性格なので、それで絶望感を感じるとか、そんな事はなかったのです。だから10年間のこの御神仏との関係における普通ではない暮らしを続けてこられたのは、神秘体験に対する探求心と言えるように思います。そこにあったのが、弘法大師の修法だった。もちろん霊感も少しは関わっているでしょう。

サーンチー仏塔(2026.1.26)