高野山・大門にて

嶽弁天の参拝同行が、お客様のご都合により壇上伽藍に変わったので、大門の遥拝所で拝んでから、金堂や根本大塔などに行くことになりました。

高野山にのぼる道は7つあります。

清の不動尊では、お山の結界にはいるまえに水垢離をしました。

不動坂口にある清不動、嶽の弁天、荒神さんが一度に拝める遥拝所が大門にあります。

遥拝所で集合し、拝んでから壇上伽藍に移動することに。

こちらもご縁ある方が運んできてくださったおしごとです。

大門 高野山

平成28年3月~平成31年3月までの3年間、高野山大門近くの民家を借りて住んでいました。

高野ブランド事業という行政からの委託業務に従事していたころです。

わたしは「尼僧になる」と思って高野山にのぼってきたのではありませんでした。

高野山大学大学院で密教を学びたいと思う気持ちは10年来ありましたが、僧侶にということは考えていませんでした。

しかし、お山にあがってきてすぐに体調に異変があり、3つの御魂が私の身体に入ってきて、そのうちひとつは「特攻隊の兵士のお母さん」のたましいでした。

体調が悪くなるいっぽうでしたがモーローとする意識のなかで「いつか上げてさしあげられる人間になるから、いまは離れて。わたしは仕事も子育ても大学院の研究もやりたいの」と懇願していました。

秋になったら大学院の授業にも出られるようになり、ようやく暮らしていく自信ができたという経緯があります。いっしょに暮していた息子ははやばやと、高野山の暮らしに適応していました。

護摩祈祷後に浮かんできたこと

神仏習合の祈祷は、古くごからの日本独特の宗教文化なので、これを国際舞台で発表できる日が来ると考えています。

日本のなかでも年々なくま なっていく概念であり作法ですが、実効性があり、だからこそ活きた状態で保全していくことが目標です。 

いっぽうで、ことしはこれにまつわる教相部分について、日常法務を研究のかたちにしてまとめていきます。

शिन्टो-बौद्ध-प्रार्थनायाः समन्वयः प्राचीनः अद्वितीयः च जापानी-धार्मिक-संस्कृतिः अस्ति, अतः मम विश्वासः अस्ति यत् सः दिवसः आगमिष्यति यदा वयं एतत् अन्तर्राष्ट्रीय-मञ्चे प्रस्तुतुं शक्नुमः |. एषा अवधारणा, प्रकारश्च जापानदेशे वर्षे वर्षे अन्तर्धानं भवति, परन्तु सा प्रभावी अस्ति, अतः एव अस्माकं लक्ष्यं तस्य सक्रियस्थितौ संरक्षणम् अस्ति अपरपक्षे अस्मिन् वर्षे अहं दैनन्दिनकानूनीकार्येषु संशोधनरूपेण अस्य सम्बद्धानां शिक्षानां सारांशं करिष्यामि।

年毎ふりかえり

令和元年…3月に護摩加行をして多くの神秘体験。11月に伝法灌頂を受けて僧侶になりました。僧侶元年。

寄贈あった仏像:金剛界大日如来

令和2年…いつもの大晦日から元旦の奥の院おまいりでは、「ことしは修行が厳しい年になる」とお大師さまが。そのとおり、弘法大師ご修行の山寺(当時、廃寺)での孤独な一年が始まります。12月に住職辞令親授式を受けました。毎日が神秘体験の一年。考え方が一変した人生の大転機。

勧請した仏像:横笛の会ご本尊 十一面観音さま

寄贈あった仏像:三石不動尊 地蔵菩薩立像

令和3年…お葬儀など住職らしい法務も日常的にさせていただくようになり、祈祷案件も増えてきたころ。無我夢中で法務をこなしていました。

寄贈あった仏像:大弁才天女尊

◎寄贈あったもの:四国不動霊場額縁

令和4年…春に護摩堂が、昭和初期の古民家をリフォームする形で完成しました。ずっと外に護摩壇を出して修していたのが、堂内で行うようになりました。同じころ、いまはなき、鏑射寺の中村公隆先生から思いがけずご指導を受けることができました。「あなたはがまんすることは足りている。信者さんと楽しくやればお寺は復興できる」という力強いお言葉と、中村先生ご自身が鏑射寺を復興されてきた歴史についてお伺いできました。1時間以上にこやかにお話いただきました。毎日毎日、休みなく何らかのおしごとがあり、令和4年末ごろから、相談業務に力を入れていこうということになり、本サイトの構築準備に着手しました。

新しくできたもの:三石不動尊 護摩堂

寄贈あったもの:白衣観音の屏風

勧請した仏像:緑ターラ像

寄贈あった仏像:九度山の廃寺(旧:聖法寺)より三尊、不動明王、聖観音、地蔵菩薩

令和5年…弘法大師ご誕生1250年ということで、このウェブサイトを稼働、さらにオンラインサロンも同時開設することになりました。横笛の会は月一回高野山で開催していたサロンを毎週1回は開室することにしました。

三石不動尊では、宗教法人化への動きが加速しました。具体的には書類を法務局に提出。境内に多目的ルームをつくったり、弘法大師堂の神仏習合の壇を赤色(丹のいろ)にしたりしました。お手洗いも使いやすいようにリフォームしました。

9月末、宗教法人三石不動尊の一連の法人化手続きが残務も含めて一段落しました。

このころ、年末にかけてインド・ブッダガヤで開催される世界の仏教者2000人が集まるフォーラムに参加することになりました。インドを巡りたいという、20代のころからの夢が一気に適っていきます。世界の仏教の中心寺院であるマハーボディ寺院において令和5年12月23日開催された世界祈祷会にも参加しました。人生、変わりました! 努力はこんなふうにして報われるのだと思いました。

また、インド巡礼のとちゅうで、タイ・バンコクともご縁ができ、2か月後、ふたたび渡航となりました。

◎新しくできたもの…三石不動尊(多目的ルーム、新トイレット、弘法大師堂朱壇

令和6年…真の実力をつけていきたいと考え、「神仏習合の祈祷」を中心に据え、さまざまなことにチャレンジしています。とはいえ、もうすぐ半年が経ってしまいます。日々、あっという間です。5月3日の慰霊祭が終わったら、気持ちにゆとりができ、夏のご供養に向けて動き始めますが、その間に各種ご祈祷を実践しながらブラッシュアップを続けていきます。神仏習合のご祈祷がやはり特徴的ですので、こちらを深めていく予定です。

祈祷は一気に効きすぎるのもあまりよくないので、少しずつが理想。しかし遠方の方だとなかなか来れないので、この場合には自助努力できるかどうかが鍵になります。

◎新しくできたもの…三石不動尊(弘法大師堂に二つの朱の経机

また戦争慰霊とくに特攻隊の少年兵の御霊上げは令和9年くらいまでに終了できたらというのが思いです。

高野山大門での法務から、初期に大門の家で過ごした日々を振り返りつつ、現在まで歩いてきました。

今後もよろしくお願いします。

5月12日母の日に

夢や設定した目標はきっと現実になります。

これからもご一緒に精進いたしましょう。