祝詞奏上の極意

5月ふりかえり

令和6年5月をあとから振り返るに、きっと大きな変化があったことは、神様との交信が増えたことです。わたしは僧侶、つまり仏教の女性のお坊さんです。

しかしながら私は子どものころは水尾神社の神様が願いを叶えてくださることがあったり、編集ライター時代は取材に行ったら先々でその地域の神社を訪ねるなど、そして高野山に来るときも、最初は地主神の丹生神との結縁が先だったのでした。

高野山に住むようになってから一番はじめに結縁したのは嶽の弁天さんだし、なにかと、神さまとお話することは身近だったんです。ただし、高野山はもともと神仏習合なので、神様にさきにご挨拶することは当然のことだったのですけれど・・・

さて5月最終日の朝、なんと起床するなり、「龍神祝詞」が響き渡ります。

これは古神道の祝詞です。

「いっさいをうみいっさいをそだて よろずものをごしはいあらせたもう おうじんなれば…」

龍神祝詞は病気平癒にも効きますし、「祓詞」とあわせて祓い浄めもできますし、最勝王経とともに弁天供にも用います。稲荷祝詞との組み合わせで強い功力が発揮されることもあります。

祈祷には、祝詞は入れていくのがよいのですが、修法のどこの段階で入れるか、何を入れるか、祈る内容によっても変わってきます。

祝詞の意味をよく知って、また修法のとちゅうに神様がご指示なさることもありますので、集中して鋭敏さを保つことが肝要です。

以前、三石不動尊境内の熊鷹大神社の前のお大師さまの手水の水が止まってしまったことがありました。わたしは毎月、京都に修行に行っているのに、伏見稲荷さまへはあまり参拝していませんでした。

ある日、京都の信者さまのおまいりを終えて和歌山県へ帰ろうとしたら、なんと道に迷ってしまい、気が付いたら伏見稲荷大社の周辺にいたということがありました。

「おまえは毎月、東寺さんには行って、たまにはこちらにも顔ださんかい」とお声。

すみませんすみませんと、熊鷹社までせっせとのぼり、帰りには熊鷹大神のちょうちんを買ってかえりました。

そうしたら次の日、手水舎から水が出始めたということがあります。

ここは神域で、神さまがおわすんだなあと気持ちを引き締めた出来事でした。

これは昨年令和5年の10月のことでしたが、

さいきんはとくに修法に祝詞を採り入れています。お経:祝詞

8:2だったのが、現世利益のご祈祷のときには5:5となっています。

祝詞でばあっと上がっていくときもあります。ほんとうにふしぎ。

毎月1回の御瀧での水行をいただけば、まるで女子高生にかえったように

心が軽やかになるのです。

水のあるところに御霊は集まるといいますが、神水をうけて祓い清まるということも

あります。すべては両義的であり、これが密教なのです。

密教は佛教密教だけでなく、さまざまな見地から考えることができます。

密教文化もしかりです。

※写真は横笛の会高野山リトリート(立里荒神にて)