白檀の数珠~八千枚のお行~

5月16日に結願予定の八千枚護摩の準備や前行の前行をしていて、自分のこれまでの人生を大きく振り返るような場面がよくあります。

それは、たとえば悔いであったり、抑え込んできた気持ちであったり、もしあのときこっちの道へ行っていたらとする考え方であったりします。

今日は2月12日、

白檀と正梅の数珠をそれぞれ入手しました。もちろん八千枚護摩行のためです。

わたしは17歳のときに、フルマラソンを走ろうと思って、そして18歳のときには県内のマラソンにエントリーしたんだけど、結局出場しなかったということがあります。新聞にも卒業記念のマラソンと記者さんが書いてくださっていて、それで出場しなかったので、当時の仲間の方が後になって「あのとき出ればよかったんや」とおっしゃっていました。

17歳の秋にはとても調子がよかったので、きっと条件がととのったり精神的に支えてくれる人がいたらきっと走れていたと思うのです。それでも大学にいってからというふうな雰囲気があったからそうしたら19歳で故障してしまったのです。もうマラソンを目指すことはできなくなって、だからこそ17歳か18歳で走っておけばよかったととても悔いがあったのでしょう。それを忘れていましたが前行の前行をはじめて思い出したのです。

そう考えると、17歳といまの55歳はつながっていて過去と現在、そして、直線でつながっていて、17歳のときの残念な気持ちが55歳のいま、昇華されるのかもしれないという気づきもありました。

密教は過去現在未来、同じ場所にあります。

僧侶になってこの10年で経済的にも精神的にも自立ができてきたから、八千枚護摩にもチャレンジすることができるようになったのです。過去のわたしはそれを下支えしてくれるのかもしれません。