罪を憎んで人を憎まず

表面に出てくることを、どんどんと、それに執着する意味は流れを止めてしまうことになるのです。なぜなら、現れてくる事は全て意味があり、その中には過去生の精算と言うことも含まれてくるのです。弁才天は流れを作り、過去の必要な精算を迫り、また珠玉のような素晴らしい瞬間が時々あるが、それはふとした瞬間であるかもしれないけれども、そこに真実が宿っていることが多い。私たちは執着していることに実はそれをなくしたくないと思っているから執着するんだろうけれども、そこに真実はある事は少ないのである。これがきっと仏の教えなんです。罠にかかることが多いんです。現世の価値を追い求めることによって私たちは失われていることが多い。それは純粋さだったり誠実さだったり生まれながらに人間が持つ価値なんだけれども、それを狂わされている環境と言うものはある。だから、罪を憎んで人を憎まずと言うのは当たっているのです。