産経新聞和歌山版(平成29年7月20日付)
ひとの「和」わかやま
高野山の伝統産業 紹介本を執筆
佐藤麻由子さん(46)=高野町
都市部の住民が高野町に移住して活動する「高野町地域おこし協力隊」の一員として、町が出版した「弘法大師空海 お大師さまの息~高野山の伝統産業をたずねて」を執筆した。
160ページにわたる本書では、建造物の修繕や線香、掛け軸、位牌など高野山内の伝統産業の職人たちを取材し、撮影も担当した。町では希望者に無料配布しているが、販売してもおかしくない質だろう。「高野山の仕事に携わる人たちの思いに焦点を当てました。それを読み取ってもらえるような内容に仕上がったはず」と出来栄えを話す。
兵庫県姫路市出身。東京の法政大学に在学中、フリーライターとなった。「深夜特急」などで知られる作家の沢木耕太郎さんらのルポルタージュが好きで、手本にした。「ライターになった頃は5誌くらいと仕事をしていた。ライター業は不況ではなかったので、卒業後は出版社に就職という考えはなかったですね」と振り返る。
「人物ルポ」をメーンに、約25年で約千人を取材。なかには家族にも話さないような内容をえぐりだすように聞いたこともあったという。「昔の作品を読むと、インタビュー時を思い出し、取材したみなさんの思いが自分の心の中でいっぱいいっぱいになってしんどくなり、発散させる必要があると思った」。
高野山大学で密教を学びたいという思いを持ちながら、平成27年にプライベートで奥之院を訪問したときのことだ。「よう、来たな」。弘法大師・空海の声が聞こえたという。
都会への執着もなくなり、新しい人生に踏み出すため関西に帰ろうと思った。町が協力隊員を募集していることを知り、「まさに『機は熟した』という感じだった」。お大師さまのお導きだったのかもしれない。
28年4月、シングルマザーとして現在9歳の長男と一緒に埼玉県和光市から移り住んだ。協力隊として初の仕事が本書の執筆。これまでの経験を存分に発揮できる内容で、「お大師さまから授かった仕事だと思った」と話す。
町内の「こうや暮らしの情報センター」を拠点に活動しており、本書の発行を記念した「高野山伝統産業展」(11月11~19日)の準備を進めるなど、多忙な日々を過ごしている。
たまに首都圏に行くが、人の多さにうんざりして高野山に戻りたいと思うことがあるそうだ。「だから多少、小さな根は生えてきたのかな。まあ、年取ったということですよ」と笑う。
「『大いなる存在』に守られていると感じます。本を作る仕事は好きだから、これからも続けていきたい」。高野山を舞台に新たな名著が生まれるかもしれない。(山田淳史)
●取材を終えて
「まさか取材される側になるとはー」。ノンフィクションライターとしての著書もあるだけに、最初は照れくさそうだった。高野山大学大学院修士課程の大学院生でもある。「高野山は空気も水もいい。密教の勉強もしたかったし、満足しています」。自然豊かな高野山が気に入っている長男のためにも、地域おこし協力隊の任期中に希望の職を見つけて永住につなげてほしい。