毎日新聞和歌山版「輝集人」令和2年3月31日付記事

毎日新聞和歌山版「輝集人」令和2年3月31日付記事

導かれた「最後の挑戦」

聖地・高野山(高野町)に移り住んで4年の尼僧。真言密教を学び、見えない力に導かれながら修行を重ねるうち、漠然としていた自分の目指すべき道が、すべて定められていたかのようにはっきりと姿を現した。この4月から、橋本市の山中にある寺の跡を継ぎ、尼僧住職としての一歩を踏み出す。

 兵庫県姫路市出身。東京近郊で20年以上暮らし、フリーライターや地域づくりの仕事で自らの世界を広げてきた。そんな中、密教文化が息づく高野山の魅力にひかれ、訪ねたのが2015年。数日の間、滞在するつもりだったが、「高野町地域おこし協力隊」の募集を知り、移住を決めた。

 16年から3年の任期には、培った取材経験を生かして聖地の文化を脈々と受け継ぐ伝統産業にスポットを当て、人物や技術を丁寧にすくい上げたルポをまとめ上げ、高野町発行の案内本「弘法大師空海 お大師さまの息」(17年6月刊行)を刊行した。

 高野山大学大学院で2年、密教を学び、修士課程を修了。17年5月に得度受戒し、僧になった。「机上の学びだけでなく、拝むことで見えてくるものがある。心の底から信じなければ布教や伝道はできないのだ、と。自らの決意ではない神仏の意思のように思えた」と顧みる。

「跡を継いでもらう住職を探している寺が橋本にある」。19年秋、知人の情報で高野山真言宗・三石山不動寺(同市山田)の存在を知った。若き空海が修行の地にしたと伝えられ、ゆかりの「手水の滝」で知られる閑静な寺。昭和の初めごろには尼僧が住職を務め、人々の厚い信仰を集めたこともあったという。

 すぐに面会を申し込み、高齢の男性住職と対面した。会話するにつれ心が通じ合い、とんとん拍子に話は進んだ。一抹の不安もあったが、「仕事や子育てなど、これまでの経験の全てが生きてくる。人生最後のチャレンジにしたい」と心に決めた。そして祈った。「仏さまの心のままに私を使ってください」

 一般の人たちに密教文化を体感してもらおうと19年4月に「紀州高野山横笛の会」も発足させた。高野山内や橋本市内でお香作りや瞑想のワークショップを開き、心安らぐ場を提供している。4月からは高野山内で「横笛まつり」も計画している。  引き継ぐ寺を修行と行事の場にと、構想は広がる。「仏の力を借り、現代の苦しむ人たちを少しでも楽にできれば」と思いを寄せている。(松野和生)