高野山時報 令和八年一月一日新春合併号
たかが十年、されど十年
紀州高野山横笛の会代表
三石不動尊住職
日本ペンクラブ国際委員 佐藤妙泉
高野山十年感謝の弁才天法
令和7年3月30日より、私は高野山移住10年目の感謝の祈念として、高野山にて弁才天法を行うことにしました。これは、長くご縁を感じている嶽の弁才天さまを拝みきるということで、まずは100座の満願を目標にしました。
もう少し詳しく申しますと、平成28年3月30日に私は、関東から高野町に転居して、大門至近に住みました。その直後、大門周辺に無数の光が見えてから体調に異変がありました。悪い思いではなかったのですが半年あまり霊障に苦しみました。特攻隊に行った息子を失って悔しくて悲しくて成仏できないと切々とおっしゃる母親の御魂でした。
霊障の苦しみの中で、数々の苦しみをお上げできる僧侶になることをその魂に対して私は誓いました。苦しくて誓わざるをえなかったのです。さらに日々の生活の中で、嶽の弁才天と自然な形で結縁していて、弁才天が夢枕にあらわれてご指導なさることがありました。ご真言を唱え続けることの大切さも初めに教わったことでした。最初は弁才天って怖いなあと思っていました。水は優しくたおやかで流れをよくしますが、岩をも砕くほどの勢いもあります。ときには、怖い表情で、ご真言を唱えるのをやめさせてもらえないことがありました。それでもいつも護ってくださったという実感があります。
そんなバックボーンがあり、私が縁あって取り組んだ弁才天法は、お大師さまが唐において恵果和尚より伝授のあった修法の一つで、集中すれば短い時間で終わるのですが、かなり強い作用を及ぼす法であることがすぐにわかりました。
宝珠の願い
寺院の法務や横笛の会対応をしながらの連続した修法です。生活の中で無理なく、お盆のおまいりのときには少し休息期間を挟むなどもしました。ただ、法務の調整をして三日間は閉じこもって三座ずつ行うなどということもときどき入れていきました。
こんなふうに日常の中で工夫して修法に取り組んでいたのですが、弁才天法は、もともと私に合った法だったのでしょう。神秘体験や現世でのさまざまな動きが10座ごとに起こりました。とくに40座では、幼い頃のトラウマを解消するようなできごとがありました。これは、現在を生きる私が過去に行って、自分自身を助けるというようなありありとしたビジョンがあり、子どものころ不思議だと思っていたことは、実は大人の私が手を貸していたのだということがわかったりしました。
また、置き忘れていた魂のかけらを拾い、それを弁才天さまの宝珠としてお預けしました。このあたりのことはモーローとした夢とも現実ともつかない意識で生きていた中で起こりました。子どもの自分が、南天の鉄塔から飛び降りようとしたところを助けるという場面では、僧侶になった自分が必死に鍵を探して、それが自分の手の中に見つけ、すんでのところで少女が飛び降りるのを救えたというようなこともありました。少女を抱きしめてふかふかのベッドに寝かせると安堵しました。
お大師さまの修法を抱きしめる
そのあとは、しかしとても心身が楽になりました。30座のときに修法をしている高野山の部屋に、念持仏としての宇賀弁才天をお迎えできて、70座でこれははっきりわかったのですが嶽の弁才天の分け御霊としてこのお方が定着なさったことや、8月31日に目標としていた100座満願となり、さらに継続した108座では、私が住職を務める弘法大師旧跡(橋本市)の拝殿内に、姫神社が新しく建つというような法の顕現もありました。
姫神社とは何かを少し話しましょう。50座のときに寺院の境内の、伏見稲荷大社分祀の熊鷹大神社を修繕に出すことになったのです。お社が約70年ぶりに動いたとき、後ろに隠れていた女神たちが見えました。瀬織津姫、速秋津姫、息吹戸主、速佐須良姫といった祓四姫神です。さらに嶽の弁才天さまから平成29年に言われていた「九頭龍をさがせ」という言葉が想起されたと同時に、九頭龍の娘神と清瀧神、瀧水の女神がおわすことに気づきました。もちろん地主神の丹生神もおられます。
弁才天さまのご推挙で姫神社、建つ
お社の修繕を担当してくださる仏具屋さんと話し合って、熊鷹社修繕に合わせて、たくさんの女神がお住まいになるお社を新しく作ろうということになりました。予定外のことでしたが、私には「いつになったら誰が見つけてくれるの、と思っていた」という姫神のお声が聞こえました。日本の歴史上、日本の神々の中で長く表には出てこない隠された神々があります。瀬織津姫などは代表格でしょうが、新しく建った姫神社には、そのような女神たちが寄り集まってきています。なぜ熊鷹神のかげに隠れていたのか、それは失せもの発見のご利益に関係があるからだと感じます。
日本の長い歴史上、女性たちには言いたくて喉まで出かかっても飲み込んできたもの、最初から人間らしい希望が叶うことを諦めてきたもの、また決して言えないことなどうず高く積もっています。このような多くの女性たちの想いが、そのような相談を受けている私には顕密両側で知覚できます。それらをそのままで引き受けてくださるのが姫神社です。そして祓い浄めの力でお参りから帰路につくときには、笑顔になっていくのです。9月28日に入魂したので、静かに半年ほど呼吸なされば、神社のご利益が徐々にあらわれてくることでしょう。
尽きぬ感謝合掌
弁才天法は、10月18日、嶽の弁才天の大祭の日ですが「今期はここまで」とご指示がありました。これも女神がお決めになった、123座にて結願です。116~123座までの間にも深い祈りの中で神秘体験が起こり、修法のご本尊、宇賀弁才天の持物の宝剣に魂が入りました。そしてここからは水から火への大変化。
結願後、令和4年6月に伝授いただいた焼八千枚護摩供を令和8年5月に行う準備に入ったこともまた、私の密教行者としてのベースを調えてくださる弁才天さまのお計らいなのかなと思うこのころです。お大師さまがそうなさっていたように、すべては日本全体のため、世界平和のための祈りであり、末席に連なる者として修法に勤しんでゆくのが私の一つの役目と感じています。最後に、私ごとではありますがこの十年、高野山で育った私の息子は8歳から18歳へ、成年となりました。お大師さまへのあふれる感謝の中で静かに合掌する新春です。(和歌山県高野山)